現在の場所

高野街道とその周辺

高野街道

高野街道

高野山への道が、高野街道です。

海南市内の日方や名高は、和傘づくりの盛んな所でした。傘づくりには、張り傘が傘の品質を決定しました。「紀伊続風土記」には、「保田紙」や「高野山紙」のことが記されて「傘紙に用ふ」、「その粗末なるは黒江に出して椀の袋に用る神野紙といふ」と記されています。紙買いの人達に買いつけられた保田紙は、竜神街道を経て、市場(現:海草郡美里町・神野市場)へ運ばれここで、荷継ぎして、棕櫚、木炭などとともに日方、名高、黒江へ運ばれていきました。いわば和紙と山産物の道でした。この道は、市場(いちば)、小畑(しょばた)から海南市内の阪井、重根、大野中、井田、名高、黒江と結んでいました。その同じ道を、塩、塩干魚、醤油、酢、衣類などが登っていきました。

溝ノ口遺跡

溝ノ口遺跡

写真は当時の発掘現場

貴志川の河岸段丘には、数多くの縄文・弥生時代の遺跡が分布しています。なかでも溝ノ口遺跡は、昭和26年に発見され、昭和56年から6年間かけて調査を実施しました。

発掘調査により、土器や首飾りなどの玉類、石錘、石の斧、石の矢じり、石の皿、たたき石などの遺物がたくさん出土しました。さらに2300年も昔の円形竪穴式住居跡、なきがらを土器に入れて葬った「甕棺墓(かめかんぼ)」が発掘されました。 溝ノ口遺跡は、和歌山県下における縄文時代の重要な遺跡として有名です。

連絡先

海南市教育委員会生涯学習課(073-492-3349)

お問い合わせ先
教育委員会 生涯学習課 文化振興係
〒649-0121
海南市下津町丸田217番地1
電話:073-492-0143
メール:syogai@city.kainan.lg.jp

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