現在の場所

旧石器時代末から縄文時代初頭の海南-海南最古の遺物、多田大池のナイフ形石器-

旧石器時代~縄文時代初頭の遺跡の位置 スケール1:40万

後期旧石器時代(約20000年~15000年前ころ)の気候は氷河期にあたり、現在よりも冷涼でした。そのため海水面は低く、この頃の紀伊半島は淡路島と四国とが陸続きで、現在とは大きく異なった景観をしていました。

氷河時代が終わり、温暖になった現在では海水面が上昇しました。低地の遺跡は、雨風や水の流れによって大変深い地層に埋没し、丘陵や台地の土砂は流失し、そういう場所の遺跡は表出しやすくなりました。そのため、現在では高地での発見例が多くあります。

このころの人々は、岩陰や洞窟を住まいにして、オオツノジカやニホンムカシジカ、イノシシやウサギなどの獲物を追って、半径10キロメートル程の範囲を移動生活していたようです。
この頃の遺物で特徴的なものは、石を加工した石器です。代表的なものは、その形からナイフ形石器と呼ばれています。ナイフ形石器は槍の先に付けられ、狩りに用いられました。獲物の解体や皮などの切断にも使われたとみられます。海南で最古の遺物は、多田大池遺跡(1)採集の石器群です。

次いで古いものは、小野田東採取地(2)・原野大池(3)・馬の谷(4)の各遺跡で見つかった石器です。縄文時代草創期(約12000年~9500年前)の有舌尖頭器が見つかっています。これも槍先に使われたようです。これらはほとんどが、地表面での踏査や不時発見によるものです。

多田大池遺跡の石器群

多田大池は、多田東遺跡(多田、周知の弥生時代遺跡)の範囲に含まれているため池です。
この石器群は、地元の研究者北村純治氏が池が干上がった際に踏査され、数点の石器を発見されたものです。これらの評価は、石器研究家の中原正光氏の鑑定を経て、旧石器時代の石器として学術雑誌『紀伊考古学』第4号の誌上で発表されました。これらの石器群は層位的な裏づけはありませんが、海南市だけでなく和歌山県下でも最古のグループの石器に位置づけられるものです。

採集された石器の内訳は以下のとおりです。

  • サヌカイトで作ったナイフ形石器(1~3)3点
  • サヌカイトで作った3角形のナイフ状石器(4~6)3点
  • チャートで作った小型のナイフ形石器あるいは台形状石器(7~12)6点

多田大池遺跡の旧石器

和歌山県で見つかっている旧石器時代の石器は、そのほとんどがサヌカイトという石を材料にしています。ところが、多田大池遺跡の石器群にはチャートという石を材料にしたものが含まれています(県内産のチャート製だとおもわれますが)。県内では特異な例といえ注目されます。

近畿地方のほか遺跡をみると、兵庫県篠山市板井寺ヶ谷遺跡、同丹波市七日市遺跡や大阪府下の遺跡で、チャートで石器を作っています。これら各地の人々との交流があったものとおもわれます。

注釈:このページの作成には、北村氏と中原氏にご好意とご指導をいただきましたので、ここに記します。

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教育委員会 生涯学習課 文化振興係
〒649-0121
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